1リットルの涙

この本を読んで、私はこれからどうやって生きていくべきなのかを教えてもらった気がします。

この話は、恐ろしい病魔が十五歳の少女の青春を奪っていく話です。例えば、友との別れ、車椅子生活等数々の苦難がたった一人の何でもない普通の少女に襲いかかります。そんな中、日記を書くことだけが生きる支えとなっていきます。「たとえどんなに小さく弱い力でも私は誰かの役に立ちたい」最期の最期まで前向きに生き抜いた少女の言葉が綴られた日記。それがこの「一リットルの涙」なのです。

「こう決断を下すのに、少なくとも、一リットルの涙が必要だったし、これからもっともっといると思います。」タイトルにこんなにも重要な意味が込められているなんて思いもしませんでした。でも、ここを読んだ時、とても切なくなりました。

「なぜ病気は私を選んだの?」

印象的な言葉はこの本にはたくさん散りばめられてありますが、何よりもこの言葉が、一番印象的です。誰でも病気になれば少なからず「なぜ?」という気持ちを抱くでしょう。

それが若くて、難病であればなおさらです。

答えがでない問い。ずっと、神様にそう問いかけていたのではないでしょうか。そんな一面が垣間見られる描写だと思います。なぜ、こうも真面目で一生懸命生きてきた少女を病気と神様は選んだのか。そう考えると本当に涙があふれてきました。 そして、この病気は、知能は衰えることなく、体の自由がどんどん奪われていくのです。歩きたいのに歩けない。話したいのに話せない。昨日まで出来たことが、今日には出来なくなるかもしれない。そんな希望とは逆の未来を考えるというのは、どんなに怖いことだろう。怖い気持ちがなかったわけではないとこの本を読んで思いました。

昔、声が一時的に出なくなってしまったことがありました。お医者様は二週間程で治ると仰ってくれましたが、やはり不便で、イライラがたまっていったことを覚えています。短期間でもこんななのに、亜矢さんはしっかりと自分の運命に向き合って、立ち向かって強い人だな。と感じました。

私は亜矢さんから生き方を学びました。毎日適当にダラダラと過ごし、現状を変えようともせずに親に不満だけは一人前に言うような生き方がとても恥ずかしくなってきました。 

今過ごしているごく普通で当たり前の日常。その日常の大切さ。それも亜矢さんに教えてもらった気がします。これからは目の前のことに必死になって毎日を全力で生きていくべきだと考えを改めさせられました。