世界からぼくが消えたなら

この作品は、読み進めていくと衝撃の連続でした。例えば、人間の生活というのは、猫から見るときゅうくつで、そのきゅうくつさは人間が勝手に決めたものだということです。確かに猫から見れば、人間は自分で自分の首をしめているような生活になっているのだろうな。と気付かされました。けれど、そうしないと人間社会の秩序が乱れてしまうのも事実だな。と思っていました。けれど、その視点に気づくと少しは自分の思うように生きてみてもいいのだ。と気持ちが少し楽になった気がします。

自分の寿命を一日延ばす代わりに一つずつモノを世界から消すという悪魔との取引。命よりも大切なものはないのだからモノが一つ消えるのってどうってことない。と思っていました。けれど、そうじゃなかったのです。その物を通して結びついていた人物と主人公との記憶までもが消えていく・・・。そしてその物が消えると、残酷なことに相手は主人公とのことは記憶からなくなってしまうのに、主人公の記憶は残り続けます。読みながらこんなことをしていっていたら寿命は延びたとしても最後には一人になってしまうのではないかと感じました。それって生きている意味がないように思います。最後には主人公もそのことに気づいたようで良かったな。と思いました。

また、悪魔は今までにもこういった取引を数多くの人間に持ちかけてきたみたいですが、皆例外なく「自分の都合でモノを消したら誰かの迷惑になるのではないかと悩む。」らしいです。猫や悪魔の考え方の方が確かに合理的な考えだと思うし、命が何より大切だと教えられてきている私達ならばそう選んでもおかしくないと思います。それでも他人のことを考えられる人間はとても素晴らしいものだと思いました。

この作品を読んで私が学んだことは、「とにかく今を一生懸命生きて後悔のない人生にしよう」ということです。私達はどう生きていくべきなのか。ということをこの作者は私達に伝えたいのではないかと思いました。これからの生き方を教えてもらったことのように感じました。

そして他にも感じたことがもう一つあります。それは、人と人、人と物のつながりの大切さです。例えば、この作品には、映画なしでは生きていけないぐらい映画が大好きなタツヤが出てきます。タツヤは映画がなくなった世界ではつまらなそうに本屋で働いています。映画なんてものは確かに趣味の一つで映画では腹は満たされません。確かに映画は生きていくうえで必要不可欠のものではないけれど、人生に潤いを与えるとても大切な物だと感じました。

だから、私はこれから物も人も大切に生きていこうと思います。